ぽかぽか毎日のこと

「お母さんのこと」


みなさま、こんばんわ~♪


今日は、私のお母さんの 手術日でした。



手術、と言っても 大きなものではなく 無事に終わりました^^ホッ・・・。


なぜ手術することになったかというと。

7月頃、お母さんと一緒にお昼ゴハンを食べていると・・・

お箸を持つ母の、腕の裏に・・・見たことのない「ホクロ」を発見したのです。


「あれ?そんなとこにホクロなんか あった?」と言うと

「そやねん、なんか新しくできたみたいなんよ。」と言うお母さん。



私は 気になりました。

「ホクロ?普通のホクロと違って…なんか滲んでる気ぃする。もしかして…メラノーマじゃ…?」


心配になり「一緒に皮膚科行こう!」と 言ってその日すぐ病院へ行きました!



小さな病院に行くと、「紹介状を書きます」と言って 大きな病院を紹介してくださいました。



メラノーマとは、悪性黒色腫と呼ばれる 皮膚がんの一種。




皮膚のメラノーマは通常、黒く「ほくろ」のように見えるので

発見が遅れることが多い症例でもあり、「ホクロのがん」と呼ばれているそうです。



大きさが5ミリ以下であれば ほとんど心配はなく…7ミリ以上では要注意だそう。

1か月半ほど前の お母さんの「ホクロ」は 4�oでした。

1ヵ月半たった今、あのホクロが…6.4�oまでに 大きくなっていたのです。



数カ月以内に急速に大きくなったりなどが 認められた場合は


悪性化の兆候の可能性があり、手術で切除してしまった方が良い!

という事で今回の手術に至りました。

私は7月から 怖くなって…色々しらべました。

確かに、「メラノーマ」というものは あらゆる癌のなかでも 最も悪性度が高く、致死率も高い…


これを見たときは・・ゾッとしました。でもよーーく、しつこいぐらい調べてると…


実のところ非常に希な癌であり、過度の心配は無用。

10万人に1人か2人・・それぐらいの確率だそうです。


取ったホクロを 病理検査をして

良性の色素性母斑 と 診断されれば、安心して問題はない、ということです。



手術は無事に終わりました、あとは…病理検査の結果を待つだけです。

何もなければ・・いいな。

良性で「大きなホクロでしたね!」って 先生が笑顔で言ってくれるといいな。

ほんでお母さんと一緒に「ただの でっかいホクロやったや~ん(´∀`)わはは」

って・・・ホッとできたらええな。


私は、「お母さん」を世界一!尊敬しています。


私の「お母さん」であり、「お父さん」であり、「親友」・・・。


…そう!うちの「おとん」は 私がまだ幼い時…失踪しました!あはは(´∀`)←重いわー!



…それからというもの、姉と私。

2人の娘を、母は 一生懸命 働きながら 育ててくれました。


私は・・・お母さんが 泣いてる姿を 見たことがなかったんです。

お母さんは、いつも笑っていました

ほんまに 今でも、笑ってるお母さんしか 思い浮かびません。


子供が2人産まれて、「これから!これからが大変!」って時に 夜も帰らぬ日が続き

ついには!スーッと煙のごとく消えてった お父はん!なんの手品やねーん!



毎日まいにち 大変やったハズのお母さん。

それでも

辛いとか、憎いとか、しんどいとか、もうイヤやとか・・・母の口から 聞いたことがないんです。

絶対!憎んでもええハズやのに…!一度も 悪口を聞いたことがありません。


「人の悪口は ゆうたらあかんよ」

と、母に教えられたわけではありません、でも・・・

どんなにイヤな事があっても 辛くても、

人の事を 決して悪くゆわへんかった お母さんを…ずーっと見てきました。

そんなお母さんを見てると、「悪口はゆうたらあかんもんなんや、ニコニコしよう」

子供ながらにそう思ったのを 覚えています。



最初から「お父さん」が存在せーへん 生活。

不思議と、「寂しい」って思ったことは 今までにありませんでした。


小学生の頃、よくありがちな男子攻撃。

「や~い!おまえんとこ、おとん おらんねやろ~!」

なんて からかわれたことも ありましたが・・・

「そやねん!おらんねん~あはは(´∀`)」

なんて アホみたいに 平気なもんやから、数回でその攻撃は終了。


「お父さんがおれへんから…」とか「何で うちだけ…」とか 思わなかったのは

毎日、お母さんが とびっきりの笑顔を 見せてくれていたおかげだと思います。



「お父さん」ってどんな存在…?「お父さん」がおるってどんな感じ…?


そんな風に思ったことがない!と言えば それはウソになります。

小学校の時、お父さんとお母さんに挟まれる友達を見て「あれが家族かぁ。」と思ったり

お父さんの大きな肩で、肩車をしてもらってる友達が うらやましく思ったことも・・ありました。


でも、私のお母さんは いつだって優しい笑顔で、暗い顔を 私に見せへんかった。

そやから 寂しい!って思うヒマがなかった。お母さんと一緒におるのが 純粋に楽しかった。


…今思うと・・・小さい時は 何もわからへんかったけど

もし、私がお母さんと同じ立場になったとしたら…あんな風にできるんかな。

いえ、きっとできません・・自分の事よりも 娘のことを想い、辛くても笑う・・・

ずーーっと変わらず、そうしてきてくれていたお母さん。

たくさんの事を教えてくれた、お母さん。大切なことを教えてくれた、お母さん。

・・私の 最も尊敬する人です。

今までの事を、感謝してもしきれません。

私も、お母さんのような「お母さん」になりたいです。


「悲しいことがあっても、立ち上がられへんって思うときがあったとしても・・

後ろ振り向いたあかんよ、前向いて笑おうな」

そんな風に 身を持って教えてくれた母が・・・今でも大好きです。
そして、これからも ずっとずっと一緒に笑いたい。

まだまだずーっと笑いたい!


…どうか 病理検査結果が 「良性」でありますように・・

何もなかったことにしてほしい、何もかも白紙にしてほしい。

何事もなく 後で「わっはっは」と笑いたい。
ずっとずっとお母さんらしい「元気な大阪のおばちゃん」でいてほしい、そう願って・・。
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ABOUT ME
mari
築46年,3K,古くて狭い賃貸住宅での原状回復DIYに出会って人生がガラリと変わったことをキッカケに、ひょんなことから住み始めることになった築50年越え民家での暮らしをスタート! DIYの失敗も成功もすべて包み隠さず「気合いと根性」を合言葉に毎日奮闘中!